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カラオケ

金曜日、ひさしぶりにカラオケに行った。
ちなみにぜっんぜん関係ないが
中国語で「カラオケ」はこのように呼ぶ。
てゆーか、もろ当て字じゃん。

b0024020_250947.jpg








ところでカラオケに行くたびに思うのだが
どうしてカラオケの伴奏ってあんなにヘボいんだろう。
お金のかかってなさそうな映像のツッコミどころの多さは
大体想像がつくと思うが
伴奏の方も、よく聞くと(一部は聞かなくても)、けっこうツッコミどころ満載である。
まあ、コストダウンの一環なんだと思うが
聴き込んだ曲なんかだと、ヘボいアレンジにげんなりすることもある。
妙に「なんちゃって感」の拭えないサックスのソロとか
のっぺりしたビートのドラムとか
バカにしとるんかい!てな感じのアホっぽいコーラスの音とか。


シロウトの自分がこんなことを言うのもシツレイな話だが
なんとなく「自分でも作れそうやなー」と思ってしまうことがたまにある。

で、ホントにつくってみた
ゆうても2年ほど前につくったデータだが・・・。
ちなみにこのデータはすべてパソコンと音源のみでつくったもの。
いわゆる「ナマの楽器音」は一つも入れていない。
あえてカラオケっぽい感じで音もミックスしてみた。


比較的イイ音源が安く手にはいるし、ソフトも使いやすくなったので
自分でカラオケをつくる、ってのも
実際は思ってるほど手の届かない話ではないのだ。


それだけに、お金払ってまで歌いに行くカラオケに
イマイチ物足りなさを感じてしまい
その先を求めてしまうのである。


最近は「リアルアレンジ」と称した
原曲にほど近いアレンジが施されたものもあるが
やはりコンピュータで合成された音。
どこかに限界があるのだ。


超ゴージャスなカラオケ伴奏ってないんだろうか。
思うに、ナマの楽器を取り入れることができないのが大きな理由の一つではなかろうか。
ムリはない。だって手間ヒマかかるもん。
お金もかかるし。

でも、そんなリスクもあえて覚悟で
ぜひそういうアホなことをやってほしい。
プロミュージシャン参加とか。
宮川泰プロデュースとか。

それかいっそのことナマ楽器の伴奏つきで。
臨場感があるうえに、ナマ演奏特有の緊張感がけっこう面白そう。
「歌声喫茶」が一部で再び流行りつつあるらしいし。


安い音楽を大量放出して、気軽に楽しめるのもいいけど
質の高いサウンドでカラオケするってのも
なかなかオツだと思うんだけどなー。
どんなもんなんでしょう。
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by satton07 | 2004-10-31 02:52 | Diary | Comments(2)

書こうとしたが

今週って、毎日なんらかの用事がシゴト後に入っていて
帰ってもほかになんだかんだしてたので
連日就寝が2時過ぎ。
ゆえに寝不足。

今日こそは早く寝るぞ!と意気込みながら
すでに0時をまわっているし。

なんかじっくり書くぞ!と意気込んでみたんだけど
今日くらいは早く寝よう。
というわけで、また明日〜。

さいきん、寒いね〜。
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by satton07 | 2004-10-29 00:24 | Diary | Comments(0)

悲鳴!?

音楽聴きながらネットをふらふらしてたら
急に外から女性の悲鳴が聞こえてきた。

何だろうと思って外をのぞくと
「誰か警察呼んで!!!!」の声。
どうやらひったくりが出たらしい。
ウチの斜め前。
そういえば、この前もここでひったくりがあったらしい。

5分ほどして、警察がやってきた。
いまもまだ事情聴取やっている。

なんだか物騒。やだなあ。
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by satton07 | 2004-10-26 00:40 | Diary | Comments(0)

幻想即興曲

この曲。
ショパンの曲で、
クラシックピアノを習う人なら、おそらく誰もが
「一度は弾いてみたい」、と憧れる曲ではなかろうか。
なんたって「弾き映え」がするし。
「おぉ。この人上手いな〜」と人に印象づけるにはまさにうってつけの曲だろう。
知らない人は、このサイトをみて、聞くべし。


ちなみに自分も、例に漏れずそのひとりだった。

小学3年だか4年の時。
幼稚園の遊戯室を借り切って、ミニコンサートがあるというので
幼い自分は、母に連れられてそこへ行った。
そこでこの曲を初めて聴いた。
「うお〜、かっこいい曲やなあ」と
ものすごい衝撃を受けたのをいまでもはっきりと憶えている。
当時まだバイエルも終わっていない状態だったのに
「この曲を弾いてみたい」と思い
親にねだってこの曲が入った楽譜集を買ってもらった。

ところが、開けた楽譜を見て唖然とした。
シャープが4つ。途中でフラットが5つに転調するし
譜面もやたら細かい。
左手は6連符で右手は16分音符がひたすら続く。
おまけに
なんだかよくわからない×マークの記号があったり
あ、ちなみにこれはダブルシャープって言うのね。
シャープ(♯)二つ分、つまり元の音より全音上げる、てこと。

まあ、それでもめげずに
中間部のゆっくりしたところはひとつづつ音をさらって
ぎこちないながらも流れるところまではがんばった。
ちなみに与えられた宿題のバイエルはほとんどやってなかった。
んが、どうしても始めと終わりの
一番かっこいい、早い部分がどうしても弾けずに
「これはムリ!」と、さすがにあきらめた。
まあ、そんなレベルで弾こうとするのも
かなりムリがある話なんだが。

それ以来、この曲については
いつか弾きたい、と思いつつムリやろなー、という
「憧れ」と、「妙な思いこみ」だけがココロに残り
それ以来、この曲は自分にとって「鬼門」と化してしまった。

その後、やめたりまた始めたりやめたりまた始めたりの繰り返しではあったが
そこそこ難しい曲も弾くようになり
同じピアノをやる人にも
「それだけ弾けるなら、幻想即興曲も弾けるはずよ」と
言われたりもしたのだが
うーん、やっぱりムリじゃないかな、と思っていた。


と、そんなことをずっと考えていたのだが
この前実家に帰ってピアノを弾こうかなーと思い
なんとなく、棚にあったこの曲の楽譜を久しぶりに開けてみた。
ちょうどあの頃のように
今、宿題でもらってる課題曲も放ったらかしで
件の「かっこいい、早いところ」をゆっくりとさらってみた。
ただし、今回はすこしおちついて譜面を見て
手のポジションを固定して
連符と16分音符を合わせるポイントをつくって、
あとは指の動きと運指を覚え込ませて・・・
と、やっていったら

あれ?弾けそうなのだ。


思いこみって、ホントくだらないなーって。

そう思った瞬間、少々難しいフレーズも
弾けるかもー、という思いのもと落ち着いて練習したら
おぼろげだけど、だんだん形になってきた。
まだまだ荒削りだけど
がんばったら、弾きこなせそうになる、かも。


というわけで
少し早いけどこれを来年の目標にしちゃいます。
この曲を本格的に練習して
来年のいつか、何かのコンサートの折り
皆さんの前で発表します。
小学生のころの自分の思いに答えてみようと思います。


うわあ、気軽に言ってしまったが
できるんやろか。ほんまに。



ところで。
ぜんぜん関係ないが
TVの向こうでは
矢野顕子さまが弾き語ってます。
「ばらの花」。くるりの名曲だねえ。

この人が歌うと
「♪バカボンのパパ、ママ、バーカボンパパ、ママ これでいいのだっ」という
一見意味不明なフェイクも
自然にかつかっこよく聞こえるから不思議。
ビデオにとっておいてよかったー。

・・・て、もう2時ではないか。
寝なければ!
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by satton07 | 2004-10-25 02:13 | Diary | Comments(0)

ふと思い出したこと

いきなりだが
中学2年と3年のときの担任は、頻繁に「学級通信」を出していた。
中2の頃は、ほぼ毎日のペースで発行していて
配られたらソッコー紙飛行機に変身させる同級生も多い中
先生のつぶやきとかがけっこう面白く
自分はけっこう毎日楽しみに持って帰っていた。
中2の時はバックナンバーを取っていなかったのだが
中3の頃は毎号きちんとクリアファイルに閉じていたほどである。
なんて模範的な先生に好かれる生徒であろう。

そんな中3の頃、高校受験も迫った冬のある日の学級通信に
こんなことが書かれていた。

正確には思い出せないが
「一生懸命やって失敗したことは、後にもつながるし何より後悔というものがないが
いい加減にやって成功することほどこわいものはない」というような内容だったと思う。


「できた気」にならないで、つねに誠実な気持ちで物事にとりくめ、みたいなことを
先生はそのとき言いたかったのかなー、と思いながら
確かにそうだなーと再認識しつつ
今の自分は、ちょっと違う角度から考えている。

「一生懸命」にやるということは、簡単そうで、けっこう難しい。
場合によってはリスクを生むことだってあり得るし、
なによりパワーがいる。
自分のありのままの姿をさらけださねばならない、という怖さもある。
なんとなく人の目を気にしたりもする。
「打算」や「計算」にも邪魔をされる。
だから、なるべく穏便で安全な道を探るし
要領よく事を運ぼうととしてしまう。
まあ、それもある意味
「上手に生きる」ためには、必要であり大切なことなのかもしれない。

でも、そんなリスクやパワー消費も覚悟の上で
ゆずれないものや
やらなくてはいけないときだって、あるはずだ。


それは果たして自分が心から望むことなのか??
そしてそれが自分にできるのか?


以上。ひとりモンモンと悩み中のわたくしでした。
そこにいる親友のあなた。
飲みにでも 、いきませんか。
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by satton07 | 2004-10-22 02:21 | Diary | Comments(2)

#009 槇原敬之「太陽」

b0024020_253679.jpg00年秋、前作の「Cicada」から1年半あまり。
復帰第一弾となったアルバムである。
「華やかさ」はないが、一曲一曲の重みが他のアルバムとは段違い。
静かだけど、力強い思いがじわじわと伝わってくるような一作かと。
前作までと違って、よりストレートで等身大な歌詞世界がひろがっている。
このアルバムには自分も特別思い入れがあるので、文章にもつい力が入るのね。


00年。
当時ぼくは人生最大級のバカな体験をした。
てゆーか、今思えば自分の一番弱い部分に
正面切って向かい合えなかっただけなんだが。
まあ、そんなことがあった後
幸運にもいまのシゴトが決まり、いろんな思いを持ちながら
今までのこととか、この先の生き方とか、
そんなことを考えている時期だった。


そんなこの年も終わりが近づいた11月末、このアルバムを聴いたのだ。
久しぶりのニューアルバム。
待ちわびた1年半。
CDのスイッチを入れて、はじめに流れてきたのが
1曲目の「彗星」という静かなバラード。



  そんな風に僕らが いくら抗っても
  仕方ないほど 時は流れ
  今日も誰かが星になって 誰かが生まれてくる

  だから僕はもう あまねく風に わざと背を向けたりしたくない
  君も同じことを しろとは言わないけど
  僕はそれを勧めよう



知らない間に
涙があふれてきた。
泣いた。
ホンマに泣いた。
CDを聴いて「いいなあ」とココロがほっこりすることはあったけど
泣いたのは初めてだった。

ウソと思われるかもしれないが
当時僕は、この歌詞のようなこととほぼ同じことを考えていた。
こいつアホか、と言われるかもしれないが
自分がこれから思いをめぐらせて進もうとしている方向は
決して間違ってないんだ、とこのとき確信した。

そのとき
これから自分の目の前にやってくるであろう
「なんだかやだなー、と思うこと」とか
逃げ出したくなるようなことがあったとしても
この歌のように「終わらない嵐はないんだ」とココロにささやいて
正面から向き合って乗り越えていこう、と決めた。

けれどその後も、やっぱり難しいことはいっぱいで
やっぱり自分を守るために
テキトーにごまかしたりすることだって、やっぱりある。
そのままやりすごしてしまいそうになるけど
でも、大切なのは
そんな自分がいるんだ、という気持ちをごまかさないことなのではないだろうか。
それはとてもしんどい。
そこからできたら逃れたい。
けれど
ごまかすから、本当のことがぼやけて見えにくくなるような気がするのだ。



ちょっと重く語りすぎたので、ちょっとした自分なりのアルバムの「ツボ」を。
4曲目の「濡れひよこ」は彼がリスペクトしているYMOを彷彿させる
テクノなナンバー。
この曲の途中では、かの名曲「どんなときも。」で有名な
フィルインのフレーズがサンプリングで再現されている。
(念のため日本語訳:サビ「♪どん なときも〜」に入る直前に
ティンパニの音で「デン・デン  デ・デン」と鳴るアレ)
この辺の芸の細かさが好きなんだよねえ。

また、槇原敬之の音楽の醍醐味のひとつに
「曲」と「曲」の間のストーリーや、つながり、がある。

有名なところでは
「Answer」と「EACH OTHER」であったり
「雷が鳴る前に」と「この傘をたためば」あたりか。

このあたりは別のアルバムを取り上げたときに詳しく書くとして
最後の曲の「Ordinary Days」は
この前のアルバムのラストナンバー「Cicada」を
かなり意識した歌詞になっている。

かなり等身大の自分をダイレクトに描いた
この2曲をきくとよくわかるけど
音楽とともに、この人も成長しているのだ。
そんな音楽だからこそ、ついつい共感して聴き入ってしまうのだ。
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by satton07 | 2004-10-20 23:59 | ウチのCD棚 | Comments(0)

Memento Mori

なんとなく気が向いて
過去2〜3年分の年賀状や届いたハガキを整理してみたら
友だち、先輩後輩、同僚・・・の「結婚しました」「子どもが生まれました」報告が
どういうわけか10通くらいしつこく続いた。
単に、ひとつにまとめてただけなんだろうが・・・。

とはいえこの前も友だちが結婚したところだし
思わず立ち止まっていろいろと考えてしまった。



ところで友だちの結婚式に行くたびに
いつも考えることがある。


この先一緒に生きていくパートナーをみつけて
「結婚」というひとつの生き方を選んでいく友だちを見とどけながら
「自分自身はいったい、誰のために何のために
一生をかけてどんなことをして生きていきたいんだろう」と思い
そんなことを考えてると
自分のことすらきちんとできていない今
「結婚なんて自分はまだまだやなあ」と、感じるのだ。

けれど、そんな後ろ向きな話だけでもなく
結婚式に行くたびに、襟を正すような気持ちにもなる。
なんというか
「よし、自分自身が納得のいく、やりたいことを見つけて堂々と歩むぞ〜」とでも言おうか。
そんな気分になるのだ。

そんな自分は
とにかく「いま」をていねいに生きていたいな、と思う。
朝、さわやかにあいさつを励行してみたりとか
言い訳とかで保身したりしないで
きちんとシゴトをしたりとか
いけないと思うことはいけないと言えるようにがんばってみたりとか
嫌なことは嫌だと感じられるこころを忘れずにいよう、とか
苦手なことを克服してみよう、とか
たまには実家に電話してみたりとか
ひととの出会いを大切にしたりとか
痛い部分こそ誠実に向き合ってみようとか
そういうことを、がんばっていたいと思う。

これは、いま思っていることそのものであり
いまのシゴトに就くときにも似たようなことを考えていた。
だんだんすべてが「日常化」していく毎日のなかで
ときどき忘れかけそうにもなるのだ。

だからこそ。

元気に毎日生きていられるんだから、こそ。

いつかはみんな死ぬんだから、こそ。


・・・なんてことを
ふと聴きたくなって取り出した
ミスチルの「花」を聴きながら
もう一回、確かめておきたくなったのでした。
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by satton07 | 2004-10-19 01:00 | Diary | Comments(0)

冬ソナ

冬ソナの主題歌「最初から今まで」がミリオンセラーを記録したらしい。

そんな冬のソナタに関して
あのあり得ないストーリー展開も
浜村淳がヅラをかぶるほどにブレイクしたヨン様ルックも
う〜ん、と思いながらも
なんとなくまあいいか、と許せるのだが
ひとつだけ、どうにも釈然としないことがある。
それは、ミリオンセラーを記録したあの主題歌の「音楽的構造」である。

他のサイトでもすでに書いてあるところもあるので
すでに知っている人もいるかもしれない。
カンのいい人なら、きっとすでに同じことを考えているはず。
ぼくの周りでも、一部で同じことを言ってる人がいた。
今さらここで書いてもしかたないかなーという感じだが
ミリオンセラーまで記録されたら
なんだか書かずにいられなくなったのだ。

この曲のサビ(「ネ ガ ウッコ シブルテ マダ ノ〜ン♪」ってとこ)のコード進行は

G-minor(ト短調)スケールで
Cm7→F7→B♭M7→E♭M7→Cm7→D→Gm→G7→
Cm7→F7→B♭M7→E♭M7→Cm7→D→Gm

という進行をする。
ところで、ちょっと古めのニューミュージック好きな人なら
この「サビ」、どこかで聴いたことがないだろうか??

そこで上のコード進行をB-minor(ロ短調)スケールに移調してみると
Em7→A7→DM7→GM7→Em7→F#→Bm→B7→
Em7→A7→DM7→GM7→Em7→F#→Bm

となる。

まさしくこれは、
約20年前にヒットした、雅夢(がむ)の「愛はかげろう」のコード進行なのである。

コード進行がかぶるのは、まあそんなに珍しい話ではないのだが
笑ってしまうのは旋律線までもがうり二つ。

曲を知っているなら、サビの部分をゆっくり歌ってみてほしい。
「あーいーは〜かげろーおぉぉ〜  つかのーま〜のいのーちぃぃ♪」 と
「ネーガーウッコシブルーテマ ノ〜ン  ウーロボリゲマドゥニ〜カ〜♪」 。

この先、サビが終わるまでまったく同じ旋律線を描いている。
てゆーか、細かいフェイクを除けばほとんど同じ。
旋律線てゆーか、旋律も同じやないかい。

ウソだと思うなら「愛はかげろう」の楽譜を入手して
楽譜をト短調に移調して、左手は適当なアルペジオをつけて
ペダルを踏みながら若干しっとりめに「愛はかげろう」を演奏してみるとよい。
そこに現れる景色は「窓ガラス流れる雨」の景色ではなく
「あたり一面雪」の景色になっているはず。。。


ちなみに自分は以前実家でこれをやったら
母は何の疑いもなく
「いやぁ〜、ヨン様の曲やないのそれ〜♪」と爽やかにコメントしてくれました。
ぜひお試しを。
微妙なマニアックさに「ぷぷっ」と笑えます。
てゆーか、「愛はかげろう」の楽譜探すのが難しいんだろーけど。
ここなら売ってるみたい)。


それにしても。
これは「オマージュ」なのか?

・・・いや、「パクリ」やろ。この場合。

う〜ん、わからん・・・。
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by satton07 | 2004-10-16 01:32 | Diary | Comments(0)

M1

今日、大阪に帰ってきた友人となんばに遊びに出かけた。
何気にソフマップの中古楽器売り場を覗いてみたら
そこで運命的な出会い。

探し求めていたコルグのM1があったのだ。

「コルグのM1」については以前の日記でも熱く語ったことがあるが
音がお気に入りで、売ってるならぜひ欲しいなと思っていたシンセである。
自分が中学生の頃、激しく所望していたシンセでもある。

楽器店ではもはや売られておらず
ネットオークションでも滅多に見かけず
15年前、定価20万円以上したそいつは
3万円で陳列棚に佇んでいた。

給料前か・・・とサイフとにらみ合い
半日ほど悩み
夕方にもう一度訪れて、音を確かめてから結局購入した。
当時は手も出なかったようなものがこうして手軽に手に入れられるようになり
「ああ、自分もおとなになったのだなあ」と
この日ほど実感した日はない。


このシンセは、来月のライブで堂々デビューする予定である。
てゆーか、重・・・。
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by satton07 | 2004-10-12 02:36 | Diary | Comments(2)

結婚式にて

初めてやったことのない何かにとりくむ時って、けっこう勇気がいるものだ。

友人の結婚式なんかでピアノを弾いたりするのは
けっこうよく頼まれていたので
緊張しいの自分もここ1年でさすがに慣れてきた感がある。


というわけで昨日書いたとおり
今日は高校時代のとある友人が結婚したんだが
その披露宴で例によって演奏を頼まれた。

が、今回は少し趣が違うのだ。
なんと、弾き語りをすることになったのだ。


ところで弾き語りの経験は全くないわけではない。
実は中学生くらいからナイショでやってた。
HPのプロフィールにもあるが、人に見せたことは一度もない。
聴かれるのが恥ずかしかったのもあるし
ピアノに向かって歌ってる姿を思い浮かべながら
第一そんなキャラでもないやろ、と思っていた。

でも、その反面「何もしないまま自分だけでこのまま封印しとくのもどうかなー」という
気持ちもどこかにあって
他人の反応がどんなものか、というのもちょっと気になっていた。
機会があったら一回試してみたいなー、と思っていた。
が、勇気がなかったので言わなかっただけである。

そういうわけで、今回彼に「ピアノ弾いてー」と頼まれたときに
ちょっと根性出してみて
「いや、実は弾き語りもできるねんけど…」と言ってみたら
ものすごくノッてくれて、あっさり決定した。

とはいえ、どんなんかもわからないままでやるのはさすがに不安だったため
事前にウチに来てもらって一度聴いてもらうことになった。
ミスチルの「終わりなき旅」をうたった。
演奏は100%というわけではなかったが
幸いに友人は目頭を熱くしながら喜んでくれた(→実話)。
これが一歩を踏み出すいいきっかけにしてくれた。

とはいえ
「いや、めでたい人にこういうことしたら『いい』って言ってくれるに決まってる」と
なお不安(ごめんね。コバヤシ(→その友人)よ。)なため、
実はこの話を受けた後に
大学時代のまったく別の友人にもう一度聞いてもらっていた。
彼は音楽のイロハもよく知っているし、
イケてないなら「ダメじゃん」とはっきり言ってくれる人である。
念のためにこの人にも聞いてもらっておこう、と思ったのである。
てゆーか、どこまで疑り深いねん。
幸い彼にも「全然イケてるやん」というコメントをもらい
「あ、人前で見せてもいいのかも」と、ようやく安心。


ところで当日歌う曲はギリギリまで悩んでいた。
はじめは、リクエストももらっていので「終わりなき旅」にしようかと思っていた。
けっこう高い音域が続発する上、音も取りにくいので
例の友人に聞いてもらった時にボツにした。

で、何にしようかと悩みながら楽譜をめくっていたら
とある曲が目にとまった。
いつもの自分なら、その曲は真っ先に候補からはずしていただろう。
なぜなら、ものすごくスタンダードかつありきたりであったから。
ところが、妙に気になって詞を見てみると
なかなかに味わい深いのだ。
そうやって譜面を眺めているウチ、
「これを『もとからピアノの弾き語りの曲でした』って感じにアレンジしたら、
意外とおもしろいのでは??」と思いついた。
そう、春に弾いた「星条旗よ永遠なれ」をつくったときと同じ気持ちである。
歌いやすそうだし、イイかもしれない!
いや、イイに違いない!
というわけでピアノの前でコード進行と曲の持って行き方をちょっと考えてみて
その場で考えた演奏を友人に聞いてもらった。
反応が良かったし、なによりこれは面白いかもー、と自分自身も感じたので
ようやく決定。

その曲とは
長渕剛の「乾杯」である。

うわ〜、自分らしくないチョイス。

曲が決まってからは、アレンジを加えて
あとは家でヘッドフォンをつけて小声で歌いながら練習していた。
「アレンジ」とか言ってるけど実際楽譜を書いたりしてるわけではない。
テキトー、というと語感が悪いが
自分がやる作業は、歌いながらコード進行を自分の解釈で変えてみたり
曲の大体の構成を考えるくらいである。
前奏や間奏なんかも、基本は「その場の雰囲気とノリ」である。
さすがに今回は初めて人前で演奏するので
前奏と間奏だけは、事前にメロディラインとコード進行だけは考えておいたが。


そんなわけで迎えた本番当日。
妙な緊張で無理やりごちそうを食べるという感じ。
慣れてきたとはいえ、やはり初めてのことをするのは緊張する。
新郎新婦の友人上司が次々と挨拶したり、出し物をやって
一足先に緊張から解放されていくのをみる自分は
なんとなく生殺し状態。

ついに自分の名前が呼ばれた。
不思議なことに、名前を呼ばれたら少し落ち着いた。あれ?
演奏の前に少しあいさつ。
「妙に考えるのはやめて、今の思いを正直に話そう」 と思い
台本も何もなしで臨んだのが功を奏したのか
けっこう自然体であいさつができた。
これは、今までの経験で学んだことである。
ちなみにこのことを書くとまた話がそれるので
別の機会に書くことにするが・・・。
予想外のところでなぜかウケも取り、場も少し和んだ感じ。
一番和んだのは自分なんだが。

で、いよいよ歌。

気分的にはかなりイイ感じでピアノの前に座った。
いつも震えるはずの足も今回はまったくなし。
アドリブもいつになく冴えていた。
ただし歌詞が光で少し見えにくかったのがドキドキしたが。
おめでとう、という気持ちと実際の演奏の歯車がうまくあった感じだった。
出来は少なくとも自分の中では最高だったと思う。

新郎も新婦も喜んでくれて、よかった〜と思ったんだが
その日招かれていた観客のひとりが涙ぐんでいるのを見て
あ、歌って良かったのかも〜、と心がさらにあったかくなったのでありました。


ところで僕の中では「おめでとう〜」という気持ちもさることながら
実は「ありがとう!!」の気持ちの方が大きかったりするのである。

と、いうのも
今年になって、いろんな形の音楽を体験しまくっているが
いろんな場所で、いろんな人と演奏したり聴いてもらったりする中で
なんとなくだが自分自身も、
少しづつだけど、変わってきているような気がするのだ。
今までだって音楽をやって来たわけだが
改めて考えたら
自分の方から扉を開く努力を怠っていたように思うのだ。
反応が気になるけれど
勇気をちょこっとだしていろんな扉を開いてみることで
そこには新しい出会いやら発見やらが待っている。
自分だけでは見つけられなかったものも見つかったりするのだ。


開いた扉の先を見て、それを否定する人もいるだろうけれど
それを認めてくれる人だっているのだ。
ただ、扉は開かない限り、何もわからないし、何も伝わらない。

そんな当たり前のことを、音楽が自分に気づかせてくれている
今日この頃であります。
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by satton07 | 2004-10-09 23:59 | Diary | Comments(0)


どもー。


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